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最高裁判所第三小法廷 昭和36年(オ)985号 判決 1963年10月15日

上告人 尾形進(仮名)

被上告人 尾形愛(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告状記載の上告理由は原判決のいずれの点が所論民法の条項、憲法の規定に違反するかを主張しないものであるからすべて上告適法の理由とならない。

上告代理人大塚粂之亟の上告理由第一点について。

論旨(1)は原判決の事実認定の非難を出でず上告適法の理由とならない。

論旨(2)、(3)は原判決の民法七七〇条一項五号の解釈適用の誤を主張する。

しかし、およそ婚姻関係の破綻をに招くついて、もつぱら、または、主として責任のある当事者はこれをもつて婚姻を継続し難い事由として離婚を請求することを許されないものと解すべきである(昭和二四年(オ)第一八七号同二七年二月一九日第三小法廷判決、集六巻二号一一〇頁、昭和二九年(オ)第一一六号同二九年一一月五日第二小法廷判決、集八巻一一号二〇二三頁、昭和二七年(オ)第一九六号同二九年一二月一四日第三小法廷判決、集八巻一二号二一四三頁参照。)

本件についてこれをみるに、原判決が確定した一切の事実関係によれば、上告人が納得すべき特段の事情もないのに、判示の如き境遇にある被上告人を長期間自己の義姉のもとに同居させたまま、同女と被上告人間に存する確執を放置し、上告人が自宅から通勤しうる宇都宮税務署に勤務中はことさら被上告人と離れて宇都宮市内に下宿し、月に一、二回帰つても日帰りか、宿泊しても被上告人と寝室を異にし、昭和二七年一月以来九年有余の間、(被上告人が拒んでいる訳ではないのに)被上告人と全く夫婦としての肉体関係をなさず、冷淡な態度をとり続け、その他、原判示の如き状況、心境にある被上告人に対し判示の如き態度に出で来つたことが、上告人、被上告人夫婦間の阻隔を深め、もはや婚姻を継続し難い破綻状態に陥らしめたる主たる原因であり、従つて本件婚姻関係の破綻の惹起について主として責任のある当事者は上告人であるといわねばならない。してみれば上告人の側から被上告人との婚姻を継続し難いものとして離婚を請求する本訴は許されないものであり、これと同趣旨に出た原判決には所論の違反はない。論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 河村又介 裁判官 石坂修一 裁判官 横田正俊)

上告代理人大塚粂之亟の上告理由

第一点 原判決は民法第七七〇条第一項五号の解釈、適用を誤つたものである。

(1) 原審は其判決理由に於て

「上叙認定の事実にかんがみ、控訴人と被控訴人との婚姻生活が現在破綻に瀕している原因について考えてみるに、当番に於ける被控訴本人訊問の結果によれば、被控訴人の性格はやや鈍重の感があり、その教養もあまり高くはなく、家事其他の処理について多少不充分なところもあつて、公務員の妻としてやや不適当であると感ぜしめる点が認められないではないけれども」

と当事者間の事実上夫婦関係の破綻に瀕している原因について被控訴人にも責任の一部があることを認め

「それはある程度夫たる控訴人の指導同化によつて改善することが出来るものであるにかかわらず」

と控訴人の努力不足を非難し

「控訴人としては妻たる被控訴人と起居を共にし、日夜その指導向上に尽力すべきは夫たる者の当然の責務である」

とし更に

「控訴人は被控訴人との性格の相違を云々するが被控訴人をこの様な状態に追いやつた責任は一に控訴人に存するといふべきである」

と断定した。

現在の破綻の原因につき判決理由の前段に於ては被控訴人にも責任あることと認め乍ら後段に於ては控訴人一人の責任と断定している、即ち判決理由には論理の矛盾がある。

而して最後に原審は洵に道徳的に立派な教訓的結論を以て控訴人の請求を棄却したのであります。

(2) 裁判上の離婚原因として旧法の具体的事実列挙主義を改め第七七〇条第一項五号を離婚原因とし同時に第二項を規定した事は重大なる意義がある。その解釈、適用は慎重、正確でなければならない。一歩誤れば当事者は勿論其子弟の将来の幸不幸をも一変させるからである。今迄の判決例に於て七七〇条一項五号の解釈は大体に於て離婚の原因を作つたものは自ら七七〇条一項五号を請求原因としての離婚請求は認められなかつた。而し乍ら離婚原因を故意に作つた場合と過失等によつて離婚の原因が出来た場合とを明確に区別していない。

上告人は故意に離婚原因を作つて離婚請求を為す事は不当として却下する事には異議はないが過失-不注意、努力不足、教養、素質、性格等の相違、社会的地位の変更等(似上原審認定の本件の場合)によつて七七〇条一項五号に該当する事案が数多く惹起される場合があると思料する。此の場合に於ても今迄の判決例の如く一様に請求棄却される事は法の解釈を誤つたものと信ずるのであります。

夫婦という両性間の信頼に基づく継続的協同生活体が維持出来なくなる原因は各種各様であるが其原因が故意に基づくか、過失に因るか正確に究めず一律一体に形式的に婚姻生活の破綻原因を作つた者と見らるる者の請求は棄却する従来の判決例は不当であると考える。

離婚裁判は協議上の離婚の出来ない止むを得ない最後の処理手段であつて、裁判所の教訓的判決に因つて将来円満なる夫婦関係の継続が出来るとは信じられない。

七七〇条一項五号の規定は過去の事実、原因の如何を問わず将来に対する規定である。事実検討の結果請求棄却すれば真に将来円満なる婚姻を継続し得るという確実なる証拠又は心証を得る資料があるなら格別、請求棄却の判決により夫婦関係が元に復して将来円満なる婚姻関係が継続したという実例は無いと言つても過言ではないと信じます。

而して不当なる原因により離婚を請求せられたる場合相手方に対しては慰籍料其他の損害賠償による救済方法が設けられているのであるから、故意過失を問わず離婚請求原因を作つた者の離婚請求は許さなかつた従来の判決例は変更せらるべきであると考える。

七七〇条一項五号の解釈に関し従来の判決例より其考え方を拡張し、離婚原因発生よりも、将来の夫婦生活の維持に重点を置いた解釈のもとになされた最近の判決例は当を得たものと信じ茲に附記する。

東京高等裁判所昭和三二年(ネ)第一三八六号、昭和三六年三月二九日判決第五民事部判決

(3) 本件の場合

原審認定の如く離婚請求原因は控訴人のみが作つたものでない。なるほど控訴人は夫として努力不足であつたという原審の非難はあるが之は又被控訴人にも適用する言葉であつて被控訴人も亦努力不足であつたという非難はまぬかれない。従つて婚姻継続困難の原因を作つた責は控訴人一人に帰すべきでない。

原審は

「夫婦生活は単に経済面だけで其目的が達成されるべきでなく云々」

と述べられているが洵に其通りである。当事者は昭和二七年以来現在迄肉体的関係はない。全く夫婦間の愛情の冷却した当事者であります。而して被控訴人は本件の離婚については絶対反対というのでもない事は第一審に於ける裁判所の和解勧告及調停裁判に於ても慰籍料の請求額が控訴人の経済状態に対し過大の要求の為め不調となつたに過ぎない。

原審が右の事実を知悉し乍ら控訴人の請求を棄却したのは七七〇条一項五号の解釈を誤り同条第二項を濫用適用したものと言う外はない。

原審に於ける各証拠から客観的にみて原審判決に従つて被控訴人が控訴人方へ復帰したとしても、控訴人が主張した様な離婚原因が現存し、其上一〇年間も夫婦らしい生活から遊離しておつた両人であり、訴訟に因つて一層離婚の溝を深くした様な本件に於て、凡人である当事者が相互に悔悟一番して正常なる婚姻関係を継続する事は望むべくして不可能と信ずるものである。

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